ロマンチストたちのアンビバレンス
「僕が?」
「理想が高いように見えます。というか、物事はこうあるべきだというヴィジョンがあるように、っ」
 皆まで言わせない。冷静に見解を語る唇に食らいつき、強引に歯列をこじ開けて舌を突っ込む。さっきのような生やさしいキスではなかった。不意打ちに竜崎が瞬きの回数を増やすが、月もまた驚いて眉根を寄せる。少し味わっただけで、あきれるほどの甘さだった。さっき飲んでいた紅茶のせいだと思い当たる。いったいどれだけ砂糖を入れれば、こんな砂糖菓子のような舌ができるのか。半ば感心しながら、こわばる舌を先端から舐め上げると、寒気を感じたように首をすくめる。くちのなかはこんなに熱いのに、と思うと可笑しくて、月は頬だけで笑った。
 竜崎の顔の横についた腕を支えに、何度も角度を変えて侵入を繰り返す。そのうちに呼吸が乱れてきて口の端から頬に唾液が伝うのを、月は観察するように眺め下ろした。舌が絡むたびに漏れる声は、いつも通りの低さを保ちながらも確実に濡れていく。竜崎が無意識に腕を掴んできたところで、月は焦らすように上体を起こした。
「そうかな」
 それが時間の経ちすぎた返事だと、気づかないなどということは無論ない。それでも竜崎は不快げに口元を歪めたようだった。室内が暗すぎて、少しでも距離があると表情が伺えない。
 ただ声は不機嫌でもなんでもなかった。
「たとえば、私がキラを追う理由がなんだか、わかりますか」
「…………?」
 時間稼ぎの意味もあって、口元を親指の腹でゆっくりと拭う。ついた唾液を舌先をちろりと出して舐めとると、息を飲むような、喉が鳴る音がした。自分のものかと思ったが、違う。見下ろせばわざとらしく顔を背けられた。
 竜崎が、Lがキラを追う理由。逮捕するため。なぜ逮捕したいのか。キラが犯罪者だからとか、そういうつまらない理由ではないのだろう。この男がそんな当たり前の理由で、この夜神月を追うはずがない。もう勝負はどっちが正義でどっちが悪だとかいう次元を越えているのだ。一般的な理由は、特殊すぎるこの男には通用しない。
 答えはどうせ竜崎が握っている。考えるのがばかばかしくなって、月は再び上体を倒した。襟刳りからかいま見える鎖骨に強く吸い付く。
「ッ、は、先、まで」
「?」
「……続けるんですか」
 話をか? とも思うが、それでは謎かけをしてきた竜崎のほうから打ち切ることになる。やはりここは違うほうだろう。
「そうだね」
「どうして」
「仕掛けてきたのはそっちなのに、どうしてもこうしてもないだろ」
 両腕を顔の脇について、数センチも距離がない状態で言い返す。いつもの無表情な黒瞳は、ぐるりと周りを見回すように一周して、それから律儀なまでにしっかりと月の目を覗き込んだ。
「もの凄まじく怒られると思ってました」
 その率直な言いぐさに思わず苦笑する。
「そうだね。そういう選択肢もあったな」
「どうしてこうなりますか」
 すべての可能性を考慮に入れるなんて言っていたくせに。本当に予想外だったらしく、瞬きを繰り返す竜崎を見返して、月は軽く答えた。
「さあ。まあ強いて言えば――盛り上がったからじゃないかな?」
 ひどい自家中毒。昂揚していることを言葉にして認めてしまえば、昂ぶりはよりいっそうその度合いを強める。自分は興奮しているのだと暗示することで、エスカレートする思いこみ効果を得られる。
 再度肩口に鼻先を埋めて、月は促した。
「で、竜崎がキラを追う理由はなんなんだ? ああ、だいたいは想像つくよ、負けず嫌いっていうのは」
「負けず嫌いに含まれるかもしれません。……耐えられないんですよ」
 潜められた低音は、室内を満たす闇と同程度の暗さをもって鼓膜を揺らした。快感ではなく悪寒によって首筋がざわめく。
「キラが特別な力でもって犯罪者を裁けることに耐えられないんです。犯罪者を独断で殺害することが正しいとか間違ってるとか、そういうことを言っているのではありません。そうではなくて、私は今まで数多の重罪人を見つけ出し、しかるべき罰を受けさせてきた。何人も死刑台に送ってきた、と言い換えてもかまいません。つまるところ合法的に犯罪人を殺してきたんです」
 しつこいくらい鎖骨をしゃぶりながら、思考を闇の中に埋没させる。やっぱりね、という納得も、世間が聞いたらなんて思うだろうね、という皮肉も、まとめて腹の底にしまい込んだ。
 組み敷いた身体はじっと耐えるように微動だにしない。
「そういうわけで、私にも犯罪者を合法的に死刑台へ送ってきたという面子があります。それを特殊な力でやすやすと、しかも違法な手段でキラに取って代わられてしまっては、面目丸つぶれなんですよ」
 適当な相づちを探しつつ、シャツの上に右手を走らせる。感触の異なる一点を探し当てて小さくひっかくと、びくんと全身がすくむのがわかった。
 しかし月が相づちを探し出すより前に、竜崎はさらに言い募った。
「こう、ゆうのも、あります」
「?」
「キラは稀に見る頭脳の持ち主。ついでに幼稚で負けず嫌い。そんな相手がいて、大がかりな勝負をしている。不謹慎だと言われるかもしれませんが、倫理がどうのなんてもう関係ないんです。要するに、もう誰が死んでも何が起きても、それは勝負の中の手段に過ぎない。キラは逃れるために、もしくは私を殺すために道具として人を殺しますし、私はそこに残された痕跡を追ってキラを捕まえようとしています」
 どっちの理由にせよ、酷いエゴイズムだ。だがそちらのほうがわかりやすい。下手に正義だの善悪だのを持ち出されるよりは、よっぽどこの男らしい。
「殺人も、マスコミも、警察も、すべてが大がかりな装置。純粋な頭脳戦なんです、これは。そして勝負には勝たなくては」
 と、そこまで語って。
 竜崎は声音を一変させた。笑い含みの台詞が後を継ぐ。
「――っていうのは、どうですか? 月くんもこれなら納得しやすいと思いますが」
「ふざけてるのか?」
 後頭部を苛立ちが駆け上がった。勢い良くシャツの裾をたくし上げて、現れた突起にしゃぶりつく。ん、と声を跳ね上げた竜崎は、反射的に月の頭を抱え込んだ。もったいぶるようにゆっくりと乳首を舐め上げ、問いつめる。
「なんだよそれ。意味がわからない」
「ひッあ――月くん、はッ、こういう理由なら、満足なんじゃないかと、思ったんです」
 急速に声が揺れ、濡れる。か細く頼りなげになったその音に少しだけ気分が良くなって、月は自重を支えていないほうの手をもう片方の乳首に伸ばした。すでに尖り始めていた先端を親指の腹で押しつぶすと、硬く押し返される。頭上の竜崎が月の髪に口元を埋めて鼻を鳴らすのが聞こえた。
「その意味がわからないって言ってる。確かに納得はできるけど、だから何なんだよ」
「それが、ロマンチストだって言ってるんです――っあ、や、」
 きゅ、とつまみ上げた瞬間に悲鳴じみた声が上がる。竜崎が小さくかぶりを振るたびに髪がかき回され、必然的に頭皮にかいた汗を意識せざるを得なかった。
「ん、ッく、私がキラを追う理由、は、その行いが悪だと信じているからです。そ、んなどうしようもなく当たり前の理由、似つかわしくないと思うんでしょう、月くんは」
「…………」
 沈黙を行為でごまかす。勃ちあがった中心を避けるように、円を描きながら舌を這わせると、びくびくと腕が痙攣を伝えてきた。
「んぅ、でも、だめなんです。私が甘い物以外も食べなければ生きていけないように、ほかには、世間一般のことで言えば、そうですね……っ、アイドルたちも、排泄をするように。ど、んなに特別だと信じたい存在でも、知れば落胆してしまうようなとんでもなく当たり前の部分を持ってるんです」
 言っていることはわかる。吐き気がするほど正論だ。そして、あからさまに仕掛けられてきた、罠とも呼べないような問いかけに、あっさりとはめられてしまった体になったことを胸中で舌打ちする。
「そのことに違和感を覚えてしまう、そういうところ、月くんはやっぱりロマンチストだと思いますよ――あ、」
 語尾に焦りがにじんだ。月が下肢に手を伸ばしたせいだ。かまわずジッパーを引き下ろすと、頭に絡みついた腕に力がこもる。片頬をゆがめるようにして笑い、月は告げた。
「ならキラがロマンチストだというその根拠は何だ? 子どもっぽい、ではなくて、ロマンチストだという理由は」
 腕を挟んで腰を浮かせ、下半身を露出させる。暗闇による視界の制限も手伝って、不快感だとかそういう感情はわいてこなかった。剥ぎ取った服を放り出すと、竜崎が不満そうに唸る。が、軽く口づけながら股間に膝を突っ込んで直接揺さぶれば、その声は簡単に違うものに化けた。
 鼻先が触れ合うくらいの間近で、濡れ始める睫毛を見つめる。潤んだ目が闇の中にあっても艶をもって、物言いたげに光った。月はそっと視線をはずして、独語するように呟いた。
「……いきなりは無理だろうな」
 竜崎が何か言い返すよりも早く、片方の大腿を担ぎ上げてソファの背もたれに乗せる。もう片方は押し開いて座面から下ろし、床に足裏をつかせた。ソファに転がってあられもない格好をとらされた竜崎は、天井を見上げるように視線を上向け、
「本気ですか」
 今更のことを問うてくる。月は故意に冷めた口調で返した。
「本気だ。もしかして怖いのか?」
 こんな子どもじみた挑発に乗ってくるとはさすがに思わなかったが、とりあえずは言ってみる。竜崎は濡れた黒瞳に一瞬だけあきれたような色を浮かべた。
「怖いというか痛そうなんですが」
「できる限り努力はしてみるけど。下手とか言われたら心外だしね」
 有無を言わせない宣言の後、しばしの沈黙を挟んで。
 ふ、と笑い含みの空気がほんの少し漂う。竜崎の唇がきれいに弧を描いた。
「盛り上がってきたのでよしとしましょう」
 この暗示が効果を持つのは本人だけらしい。自分の言い回しを流用されたことにもそこはかとなく腹が立って、月はあらわにされたそれの根本に指先を添えた。
「で、キラがなんだって?」
 言いながら、指先がふれるかふれないかの距離を保ち、輪郭をなぞる。くすぐるようなその動きに下肢を引きつらせ、竜崎は鋭く息を吐いた。
「っ――キラ、が、何のために犯罪者殺しを続けているか。本人が明言したわけではありませんから本当のことはわかりませんが、犯罪を根絶しようとしているというのが妥当なところでしょう。その信念に基づいて人を殺す」
 思わせぶりに取られた間。そっちがその気なら応じてやろうじゃないか。全体を柔らかく握り込んでゆっくり上下させながら、月は口を開いた。
「こんなこと言うとまた疑いが深まりそうだけど、嘘をつくのもぞっとしないから、言うよ。まあそんな人間はいないと思うんだが、もし万が一本当に正しい判断なんてものができる人間がいたとしたら、キラの力を使って犯罪のない世の中を創れるかもしれない。それはけして不可能なことではないと僕は思う。少なくとも、今多くの一般人が犯罪を根絶できない状況にあって、キラの力はマイナスに働いているとは言えないよ。問題はキラがいつ道を外れるかわからないってことで」
 言葉が終わると同時にきゅ、と握って、くびれに沿って親指をぐるりと回す。竜崎は声をかみ殺したが、それ以上に先端から滲み出した透明な液体が今の状態を如実に伝えてきていた。それでも口を閉ざさないのはさすがとしか言いようがない。
「要するに……ッ、哲人政治なんですよね、キラの目指すものというのは。こ、んなことを、言うと……っふ、また不謹慎かもしれませんが、中世の国王にでも生まれていれば、キラは良い王様になれたと、思い、ますよ。在位が短ければ特に」
 くだらないたとえ話が月の神経をささくれ立たせる。声を途切れさせながら、足をとじ合わせようとしながらという淫猥な姿勢からでさえも、竜崎の舌鋒は少しも鈍ることはなかった。
 月はともすれば落ちてきそうになる足を背もたれに押さえつけて、涎を垂らす先端を指の腹で押しつぶした。竜崎が大きく身震いする。
「ひあああッ!」
「っ……現代では通用しない理由があるか? 民主政が衆愚政に変わってからもう長く経つ。そろそろ強力な力を持つ人間が出てきて救世主のように扱われても不思議はないよ」
 ちいさく声を漏らしながら自分のものをぐちゃぐちゃに濡らす竜崎を見下ろし、月は自身の奥底に耐え難い熱が生まれるのを自覚していた。息が上がる。かすれた声になるのはもうどうしようもないことだろうと捨て置いて、月は続けた。下手に隠そうとするほうが無様だ。
「それに、キラは今のところ独裁を狙っているわけではないようだし――」
「だめですね」
 息を詰める。今さっき嬌のある悲鳴を上げたばかりの人間の声ではなかった。毅然として制御され、整ったテノール。甘かったな、と月は率直に感想を抱いた。自分だってできなかったはずがない。かすれ声は悟られないようにするべきだった。しかし反論の隙を与えてしまった事実は覆らない。
「だめですね。今どき政体循環史観なんて流行らないんですよ。キラは完全に生まれる時代を間違えました。救世主と呼ばれる人間は常に時代の流れに乗って現れますが、キラの行いはまったく現代に相応しくない。ひとりの人間に支配されることは、もはや時代が求めていないからです。だというのにキラ本人はひとりの力で世の中が変えられるというとんでもない思い違いをしている。いいですか、現れた救世主に大衆がついていくのではありません。大衆が求める人物が救世主と呼ばれるだけです。時代に求められていないのを認めず、絶対政にまで逆行しようとする人間が長続きするはずがないんです。――それに、司法を制圧しておいて、独裁は狙っていないも糞もないです」
 滔々とした語りにこめかみがちりちりと疼いた。いちいち反論してやりたい。が、そこまでむきになるのはやはり不自然だろう。奥歯をかみしめてすべてを飲み込み、月はその代わり握り込む手に力を込めた。先走りで濡れるそれは、もうわずかに触れるだけでぬるりと滑る。
「ただ、っ――」
 直前の平静な声が嘘のように喉を引きつらせる竜崎は、しかしなお言葉を重ねてきた。裏側をこすり上げながら、その口元と思われる位置を見つめる。闇が深すぎて判然としない。
「ただ、そんなものを全部超越して、独裁者であるとか、王であるとかではなく……っ、ん、」
 音程の壊れた声が上がるのは、月が内股にかみつくようにしてくちづけたからだ。この場で言われることは全部受け流す、覚悟できてしまえばその実践はさして難しくはないように思えた。中心には触れずに周りを舐めると、両足ががくがくと震え出す。
「あ、……たとえば、神のような存在になりたいというのなら、っ、話は、別ですが――あ、やッあ!」
 嬌声と同時に吐き出された白濁は、その直前先端の割れ目に思い切り押し込まれた月のゆびも、竜崎の薄い下腹も、値が張りそうなソファも汚して、紡がれた言葉まで濡らすような錯覚を覚えた。だがその単語はどうあっても鼓膜を揺らして離れない。月は浅く息をして面を伏せる竜崎を見据えながら、陶然と反芻した。
 神。他の人間には誰一人として告げたことのない究極の目的地。今まで何者も、その単語すらくれなかった。きっと辿り着けた者もいなかった。
 臓腑に染み渡るかのような充足感を知ってしまう。しかしその目的地への道程を遮るのもまたこの男であれば、それを簡単に認めるわけにはいかなかった。だから今はせめて。
 いりぐちに指先を押し当てて深呼吸する。直接流れ落ちてきたものと月の指についていたものが触れあって、くちゅりと控えめな音を立てた。それに過剰に反応した竜崎が身を縮める。
「力抜いてくれないと入らないよ」
 固く閉じたそこをなぞりながら、自分でも、無理だろうなあと心中で独りごちる。が、渋々といった体でこちらも深く息を吸い込んで――どうせ闇のなかで何も見えやしないのに――目を閉じた竜崎の様子をうかがって、月は躊躇なく指先を潜り込ませた。
 途端、苦情の声が上がる。
「っな、い――きな、り」
「こういうのは思い切りが肝心だろ」
「切れたらどうするんですか、っ」
 知るか、自分で治せ、と。
 言い返してやろうとする直前に、月は動きを止めた。挿れた指先をあっさり抜き放つ。
「…………? どうかしましたか」
「こっちのほうが早い」
 何か問い返される前に、背もたれに引っかかっている足を付け根から押し上げ、さらに高く抱え上げる。もう片方の手は萎えかけたものを支えるのに回し、月はそこに顔を寄せた。全身が硬直するのにはかまわず、後孔に舌を伸ばす。探るようにちいさくつついてからそこを舐めた。
「ふ、何す、」
「切れても舐めたら治るよ」
 からかうように言ってやると、内股がひくんと震えた。至近距離で喋ったのがこたえたらしい。
「それに滑らないとさすがに入らない。……ああそうだ」
 思いついていったん手を離す。わざと緩慢な動きで身を起こして、月は自身を焦らすようにじりじりとジッパーを引き下ろした。暗闇のなか、たぶん竜崎にも見えるぎりぎりの距離。取り出した半勃ちのそれに触れ、月は薄く笑った。手についたままの、竜崎が吐き出したものを塗りつけていく。
 その光景を、一見は無表情に注視する竜崎に、月は告げた。
「これでだいぶ楽になるんじゃないか」
 答えが返ってこないのが、昂ぶりきった何よりの証左だ。熱のこもった吐息が空気中に吐き出されたのを悟って、月は再び両足の間に顔を埋めた。足を支えている手の親指を伸ばし、そこを押し広げる。そうやってできた隙間に舌先を差し入れた。
「あ」
 かすかな戸惑いの声が上がる。数センチだけ突っ込んだままいりぐち付近をぐるりと舐めて、月は動きづらい舌で訊ねた。
「痛いか?」
「ふ、ぁ、痛くはない、です。っでも」
 返事をろくに聞かず、月がぐいぐいと舌を押し入れるものだから、言葉はほかにどうしようもなく中断した。こんなこと18年間生きてきて一度もしたことがない上、ふつうに考えて普段なら不快で吐き気すらしそうなものを、舌を動かすたびに下肢が痙攣するのが官能に響いて止められない。
「でも、なに」
 くぐもった声で促す。竜崎が、ひ、と息を詰めるのが聞こえた。なんとなく察して、月はさらに言い募った。
「なに、ほら。言わなきゃわからないだろ」
「っ、しゃべらなっ、で――ッぇ」
 びくびくと大きく震えて再度中心を勃起させ始める嬌態にも飽きたらず、内側の粘膜を押し揉むようにしながら舌を動かす。
「どうして。ほら、言えよ」
「んッぅ、あ、変、な感じが、」
「どんな」
 問いつめているとまた先端から耐えきれなくなったものがあふれ出してくる。それを悟って、ついでに竜崎が嗚咽に似た声しか出さなくなったので、月は舌をずるりと抜き出して顔を上げた。
「キモチイ、って言えばいいんだよ」
「っ――」
 細い泣き声。顔を自分の肩口に押し当てて俯く竜崎を見ていると際限なく身体が熱くなった。衝動が脳を灼く。充足感と飢餓感に全身をふたつに裂かれるような気がして、月は自身を後孔にあてがった。唾液で濡れたそこが緊張してひくひくと蠢く。
「ん、んッ、や――」
「だめだ。挿れるよ」
 頭を振って拒む竜崎に一方的に宣言して、親指を添える。かなり力を込めて開かせると、こわばった身体がそれを邪魔した。嘆息する。仕方なしに、上半身を倒して顔を近づけ、月は目尻に溜まった涙をやんわりと舐め取った。
「大丈夫だから。死にはしないよ」
「心臓麻痺と違って?」
 一気に半眼になる。冗談にしてやろうと思ったのに、切り返しがあまりにも笑えない。どんなに喘いでいても思考回路が正常に作動している証拠に、ふとした瞬間に冷静な声音が戻ってくる。
 が、その一瞬の間に、月は先端を押し込んだ。あまり色気があるとは言えない呻きが上がる。月自身も、予想外のきつさに眉をひそめた。額が急速に汗ばむ。数秒をかけて呼吸を整え、ミリ単位でじりじりと腰を進めた。
 少しでも力を抜かせようと脇腹にくちづけるのが、うんざりするほど逆に働く。確かに締め付けは緩くなるにしても、その火照った肌の感触が息苦しい情動を喚起してしまった。じれて突き上げると叫声が上がる。
「やめてくださ、っ――入りません、抜いてください。入らなっ……」
 真剣にせっぱ詰まった声に苦笑する。内側を引き剥がすように押し入りながら、月は余裕ぶった。
「入れてみせるさ」
「だめです無理です入りません抜いてください」
 早口で告げられる即答は無視。無遠慮に半ば以上突っ込んでしまうと、締め付ける肉襞に目眩がしたものの、むしろ本当に余裕が出てきた。大きく腰をグラインドさせてなかをかき回してみる。
 反応は直接的で、かつ効果的だった。
「っあ!」
 痛みのせいではなく、過分に嬌を含んだ悲鳴。自分でも目を見開いた竜崎が口元を覆った。事態を了解して、月は軽く微笑う。そしてなんとはなしに悟ったその場所を、先端で思い切りこすり上げた。
「あ、あ、っどこ、さわっ、て」
 執拗に突いて抉って責め立てれば、下腹の上のものが張りつめていく。滲み出した透明な玉を割れ目ごと指先で弾いて、月は亀頭を軽くつまんだ。
「ここがすきなの?」
「んん違っ、いま――」
 違うと言いながら語尾が喘ぎに消える。脈打つように収縮する内部の動きにあわせて、月はなんとか根本まで飲み込ませた。一度息をつく。接合部を撫でながら囁いた。
「入っただろ」
 恨みがましい目で見上げられるのに気づかない振りをして、ゆっくりと腰を引き戻す。内臓を引きずり出されるような感覚に下肢を震わせながら、竜崎は唐突に口を開いた。
「犯罪のない世界を、という考え自体はすばらしい」
 何の脈絡もなく再開された話に、月は思わず竜崎の顔を見返した。しかしそこにはいっさいの意図が見受けられない。ここで話を再開した意味などないのかもしれなかった。ただ話の途中だったのを思い出した、それだけ。
「私もこういった身ですから、それは目指すところではあります。が」
 と、そこで息を止める。先端だけ残して引き戻した月が、違う角度を突き上げるように腰をひねったからだ。反射的にソファの背もたれにかけた大腿がびくんと動いた。
「っ……キラはその考え以外のすべてを間違えました。だ、から悪なんです。問題はほかにもある――っああ」
 感極まったように吐息混じりの声が鼓膜を揺らす。再び緩やかに挿入を始めた月の腰に内股を押しつけてきた。
「キラだってもちろん人間だから、いつかは死ぬ。後継者に、ついては、……ッどう考えてる、んでしょう? どんなにキラの考えに近い、っ、人間でも、キラ本人には取って代われない。裁きの基準は単純なように見えても、まったく同じ判断を下すことなんて不可能です」
 高くうわずったかすれ声には似つかわしくない論理に目をすがめる。先ほど見つけた箇所を丁寧に抉りながら、月は心中で目の前の相手を罵った。いやなことを言う。それを憂えているから寿命を減らしたくないのに。
 腹立ち紛れにもう一度ぎりぎりまで抜き、勢いをつけて最奥まで貫いてやった。
「んッ、あ――月く、っ」
 激しく揺さぶると腰が逃げるから、片手を回して押さえつける。そうすると移動できなくなった自らが腰を振っているような形になって、さらに扇情的な刺激が語る声を引きつらせた。
「ふ――っん、不死でなく、完全な後継者というものが存在っ、しない以上、犯罪を根絶やしにすることはできないんです」
 黙らせよう。静かに決めると、月は勃ち上がったものを掴んだ。深い抜き挿しにあわせて手を上下させる。もうすでに濡れそぼったそれを追い立てれば、熱い脈動が伝わってきた。
 もうすぐ。
 そう、思った矢先だった。
 とどめの一言は、どんな状況からだとしても確実に月に届く。
「キラは」
 言うな。その先を完全に直感で悟って、月は息を詰めた。叫び出す直前の呼吸。
 言葉は無情に紡がれた。
「キラは神になれない」
 その言葉と、月が一番奥に到達するのと、追いつめられた竜崎が達するのはまったくの同時だった。声にならない悲鳴が上がる。連動して大きく波打つ内部に締め付けられ、月はなかにぶちまけた。残ったのはけだるさと苦々しさ。最後の一言がほかのすべてを殺してしまった。
 つながったまま上半身を重ねて、月は目を閉じた。熱と鼓動と汗の匂いが伝わってくる。汚れきった着衣をどうこうする気にもなれない。
 今なら何を言ってもノーカンだろう。ぼやけた頭で独語した。
「……でも、どこかに完全な後継者がいるかもしれない。可能性はけしてゼロじゃないよ」
 独り言のつもりだったのだが、反論は早かった。ソファに身を沈めたままの竜崎は即座に打ち返してくる。
「キラもそう考えているんだと思いますよ。――だからロマンチストだって言うんです」
「……そうつながるのか」
 あきれるような感心するような心地で呻く。竜崎はいっこうに頓着しなかった。
「キラだからとかそういうことではありません。自分の考えを完全に理解し、察して、実行に移せる他人を欲するなんて、夢想も甚だしい。六十数億分の一どころの確率じゃないです。過去現在未来、すべての時間軸をたどってもそんな人間が見つかる可能性は限りなくゼロに近いです」
 ここから先はさすがに聞き咎められるだろう、と判断し、月は言い返さず胸の裡で呟いた。
 限りなくゼロに近いってことは、ゼロじゃないってことだ。そしてこの場合、その可能性はむしろ百に近い。だって僕らは出逢ってしまったのだから。それはけして夢想でもなんでもなく、揺るぎようのない事実であり、絶対の真実への糸口だった。終着点はたったひとつ。
 世界でたったひとりの人間へと、迷いなくつながっている。



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