ピロートーク

 その男の良いところを挙げろと言われたら、頭のてっぺんから爪先まで、余さず美点を並べ立てることができる。
「は―――」
 第一にはわかりやすく、容姿だ。こうして薄暗い部屋の中、仰向けになった男を見下ろす形であっても、その容色はまったく損なわれない。作り物のような面には癖がなく、ただ整っている。透明な琥珀が熱を宿さない代わり、黄金比を描いた肩が時折震えた。
 程良く付いた筋肉から視線を下ろしていく。胸――腹――腰。自然、自分の中に収まっているものを想起して、Lは唇を舐めた。
 この身体が何人の女を籠絡してきたか知っている。少なくとも4月の入学式からの一ヶ月分は把握している。それについてどうこう言う気など更々ないが、女たちが何のために使われてきたかと言えば、
 けれどそんなことは、今考えなくていい。
「ん、ぅん……」
 立ち往生して俯いた頬に、長い指先が這う。なだめるように何度も往復する感触が、目の縁をかすめた。
 どんな相手にだろうと等しく紳士的に振る舞える几帳面さ。好意すらこもっているのではないかと錯覚させる。けしてけしてそれは優しさなどではあり得ないけれど、得難い美徳には違いない。優しさではなく律儀さから来る思いやりだと、相手に悟らせてしまう程度の底の浅さであろうと、それは愛嬌というものだ。
 その几帳面さが他人を守ろうとしているのなら、まったく思い上がりも甚だしいと思う。見ず知らずの人間にまで優しくしなければならないから、見ず知らずの害悪まで排除しなければならなくなる。
 同じ几帳面さで張り巡らされた防衛線が、今も彼自身を守っているのだろう。ほかの誰を守るよりも厳重に。深く籠め置かれた本当の彼を、
 けれどそんなことは、今考えなくていい。
「竜崎」
 何かを伺うような、ためらいがちな呼びかけ。物言いたげに空気が揺れる。
 こちらが先ほどから延々と物思いに耽っているのに気づいたのだろう。その程度には空気の読める男だ。ただし、ここで言う、その程度、とは、目配せ一つですべての文脈を理解するレベルを指す。
 洞察力の高さは、Lをもってしても称賛に値する。その洞察力で何もかも把握できると信じている、自尊心の高さもまた同様に。
 この男はどこかいびつだ。自身を俯瞰できる冷静さを持ち合わせているくせに、そうして見えた欠陥をも理路整然と正当化する。端的に言ってしまえば、自己防衛本能が機能しすぎている。それが「望まずとも理解できてしまう」彼に不可避の能力であったのかはわからない。が、他人とセカイに対してはその限りではないようだった。欠陥に対して真っ正面から訂正を求める。彼の世界の中では彼だけが特別で、
 けれどそんなことは、今考えなくていい。
「竜崎」
 吐息混じりの透き通った声。無視を決め込んでいると、苛立ったような空気が伝わってきた。
 頬を撫でていた指先が前をこする。
「んぁ、ちょっ、と」
 唐突に与えられた刺激に身震いする。指に付着したものを音を立てて舐め取り、夜神月は眉をひそめた。
「こっち向けよ」
 答えない。
 答えず、Lは真っ直ぐに視線を落とした。射殺す先には薄茶の双眸がある。
 夜神月は静かに訊ねてきた。
「どうして僕とセックスするんだ?」
 凝っと見下ろす黒と、瞬き一つせず見返す茶が、温度を失い、色をなくしていく。透明度の高い薄闇が満ちて、音と光が消えていく。
 Lはゆっくりと唇を動かした。
「では、月くんはどうしてですか?」
 思案するように睫が揺れる。しばし眠るような沈黙が続き、
「おまえが何を考えているのか、わからなかったから」
 ぽつり、と呟きが落ちた。
「だがおまえがこれを必要だと思うのなら、それに応じないと捜査の妨害になると思ったから。よりいっそう嫌疑を掛けられると思ったから」
 大体正解だ、と、Lは独りごちた。これ以上もこれ以下も、望むべくもない。
 親指を口元に当てて、告げる。
「暇があれば月くんの長所を数えてるんです」
 怪訝な顔が返ってきた。気にせず続ける。
「容姿端麗、几帳面、賢い、きれい好き、家族思い、器用、清廉潔白、人当たりが良い、前向き、――……これまでに187個数えました」
 目の前で立て続けに――しかも無感情に――誉め言葉を発された夜神月は、目を白黒させて黙り込んでいた。
「しかも日々増え続けてます。月くんが素晴らしい人間だということはよくわかりました。
 だから」
 けれど。
「私は月くんのことが好きです」
 吐き気がするほど嫌悪している。
「こんな行為を強要するくらいに。月くんの長所を夜毎に数え上げるくらいに。足を開いて咥え込んで、それくらいには月くんのことが好きです。
 だから」
 けれど。
「私は24時間あなたと手錠で繋がれていても平気なんです」
 いつだって発狂しそうなくらい耐えられない。
 言い終えると、夜神月はひどく顔を歪めたようだった。歯も食いしばっていたかもしれない。しかし大きく胸郭を上下させると彼は、
「そうか」
 とだけ、頷いた。





 テーマは「 月L ・L視点の手錠生活 ・体の関係はあるもキラ捜査の一環 ・心すら偽る ・月自身には一片の興味もない 」でした。
 リクエスト御礼申し上げます!



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