走り書き・2
 胸に走る激烈な痛み。叫び出したくなるその感覚に、しかし気道を潰されたように声が出ず、彼はただその場に膝をついた。めまいや吐き気とともに爆発的な感情が全身を包み込む。涎をまき散らしながら、最後の――自分でもそうとわかるくらいにどうしようもなく最後の――力を総動員して、彼は眼前に茫洋と立ちはだかる黒い影を睨みつけた。
「僕を・・・謀ったな、死神!」
 影は答えない。かすむ視界ではその表情を伺うことはもはやできないが、いつものあの低い笑い声は耳についた。これ以上ないほどの憤怒の形相で怨嗟を吐きかける。五感はあっけなく失われていくのに、誉れ高いその頭脳はよりいっそうクリアな思考を叩き出した。
「やつが死ねば後は僕が目的を達成するだけだ――それが不満か! 退屈か! やつが死んで、それでゲームセットだと、そういうことか!」
 その程度のことは見越しておくべきだったのかもしれない。そう思う。本当の敵はいつも背後にいた。気まぐれで、自分と同じ程度には退屈をおそれる。力を貸し与えた者がその行使者を切り捨てる。よくある話ではないか。それこそ子ども向けの童話にだって出てくるような。
「もう十分だ。他のやつを探す」
 そんな言葉だけが返ってきた。奥歯を噛みしめる。自分の名前が記されたノートを睨んだ。その上にも記されているあまたの人間の名前。自分はそんな中に埋もれる。
「ふざ、け――くそ、結局僕は――僕らは、これから始まることの1ページ目にすぎないと、そういう。ただの序章か・・・!」
「じゃあな。今度こそ本当にさよならだ」
 気づけばいつの間にか床に倒れ伏している自分にあっさりと背を向けて、死神は軽く片手をあげた。そのまま壁を抜けて消えていく。もはや毒づく相手すら失って、彼はほとんど働かない視線をさまよわせた。薄暗い視界の中に、同じく倒れている黒髪をとらえる。手を伸ばしたが、持ち上がる力もないまま、それは音もなく床に落ちた。



page.58の後に、実はオムニバス形式の漫画なんじゃないのかと予想して書いたのですが、
インタビューで「ふつうに考えたらオムニバスなんですけど」と言われていて軽くショックだった覚えがあります。



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