走り書き・1
 この斬撃は効かない。打ち込む前にそう悟るが、互いにその見極めが早すぎれば勝負にならない。適度な踏み込み、つまるところは、だめもとで飛び込んでみようという無益な行動だけがこの戦闘を長引かせていた。まったく無益だ。離脱したほうがいいのはわかっている。相手がそうさせてくれないので、仕方なくこうして無益な斬撃を繰り出し続けているだけだ。それはおそらく相手も同じことで、離脱しようとするところを自分が邪魔している、そう思っているだろう。
 片手で薙ぎ払うように剣を振るう。少しでも距離を取ろうとしているように見せたのだが、相手は逆に、剣を振りきって大きく開いたこちらの胴を狙って飛び込んできた。隙を見せれば、それが罠だとわかっていても、飛び込んでこざるをえないのだろう。刺突の形に構えられた切っ先を、横に体をさばいてかわす。そのまま脇腹に膝頭を叩き込もうとしたが、これは少し身をよじっただけで回避された。お見通しですとでも言わんばかりだ。
 再び近距離で真正面に向き合う。わざと視線を泳がせて、別の方向からフェイントを仕掛けてみるが、そんなことは無駄であるのもわかりきったことだった。無益な戦闘。だが無意味ではない。快楽が、無益だとしても無意味ではないのなら。理性にとって無益であっても、本能にとっては意味を持ちうる。
 逆袈裟に振り上げた剣は軽いバックステップでかわされる。またも誘うようにがら空きになった胸部に切っ先を向けてきた。瞬間にやりとする。刃先の延長線は確実にこちらの心臓を刺し貫いていた。一瞬本当に刺し殺されたような錯覚を覚えるが、実際は彼の剣が袈裟斬りに振り下ろされて、その刺突を防ぐ。
 剣をうち下ろされて逆に相手の胴が空いた。本能が歓喜に騒ぐ――ああ今だ、やつまでの距離たかだか50センチを遮るものは何もない。しかしこちらの剣も同時に振り切られているのだ。攻撃手段がない、と猛る本能を必死に抑えつけて、彼は軸足でないほうの足を振り上げた。少しでも相手の力を削れるよう願って、鳩尾の当たりを蹴りつける。
 手応えはなかった。相手が蹴りの力を利用してかなり後方へ跳んだからだ。足裏の接触するまでの時間をも把握されたということ。信じられないほどの運動能力で、防御と退避を同時にやってのけた。まずい。この距離では逃走されるかもしれない。そう思った瞬間彼は思いきり地面を蹴った。逃がしはしない。逃げられればのちのちまで彼を苛む癌になるのは明白だ。
 相手にはそもそも逃げる気がないらしかった――こちらが距離を詰めるのとほとんど同じ速さで、彼に向かって駆け出してくる。だから実際も数秒あるかないかだったのだろうが、邂逅までの時間は限りなくゼロに近かった。その瞬間を求めて猛り狂う本能に、意識が飛びそうになる。相手と自分の二点しか存在しなくなる。恍惚に溺れそうになるのを耐えて、彼は最後の一歩で高く跳躍した。相手もまったく同じ、寸分のズレもないタイミングで跳躍する。
 空中でか、着地したときにか。判断はつかなかったが、互いの剣と剣が凄まじい悲鳴を上げて交わった。かみつくように絡み合う刃先に全身全霊を込める。つばぜり合いは信じがたいほどの均衡をもって静止した。互いに全力を込めているのに、刃が振動する程度の動きもない。互いの息遣いすら把握できる位置にあって、完全に膠着した。
 思考が、止まる。
 身体は最大の力をもって刃の均衡を支えているのに、理性がいっさいの活動を放棄した。オーバーヒートしたものが灼け切れた、そんな感じ。ぷつんとでも音がしなかったのが不思議なほどだ。眩暈がするような空白感を急速に満たしていくのは、これまた卒倒しそうなほどの情動だった。膨大な感情が収束していくその先にあるのは。
 刃越しに視線が絡む。相手もまた同じときに視線を上げたのだという事実に気づいて、どうしようもない衝動がこみ上げた。相手からも理性が消え失せていることは、手に取るようにわかる。もう取れうる選択肢はひとつしかない。
 絡み合った視線はそのまま、彼らはどちらからともなくくちびるを重ねた。熱い吐息が漏れる。全力で斬り結んだ刃越しという異常な状況の下、くちづけは次第に深く濃密になっていく。
 背筋を這い上がる震えが悪寒なのか快感なのかわからないまま、彼がやさしく告げるのと、相手がうっとりと呟くのは、また同時だった。
「もうすぐ楽にしてやる」「必ず捕らえてみせます」



一番最初に書いたものです。違う漫画を読んでいたらしいですね。



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