走り書き・5
 竜崎探偵事務所に客は来ない。
 それは、駅からバスで15分の雑居ビル群のはずれ、さらに地上3階という立地のせいであり、宣伝広告のたぐいをいっさい行っていないからであり、臭い・汚い・危険な裏道を通ってわざわざ会いに来るほど、魅力的な所長ではないからだった。
 築20年にしてぼろぼろに塗装の剥げたビルは、裏に回らないと階段を見つけられない。裏と言っても隣のビルに挟まれた、幅1メートルあるかないかの道だ。ひどいときにはゴミ袋の山で通ることができない。
 そんな階段を上ってなんとか事務所までたどり着き、シールが剥けて竜「奇」探「ノ貞」事務所と記されている扉を開けた依頼人は、目の前に謎の生き物を発見することになる。
 扉の真ん前に据えられたデスクの回転椅子に、両膝を抱え込んで座る異形。重力を無視した黒髪の下から、ぎょろりとした眼を向けられ、骨張った親指をかじりながら抑揚のない声で「何か」とでも問われようものなら、「間違えました」と叫んで扉を閉めるしか道は残されていない。
 そんなわけで年中開店休業状態の竜崎探偵事務所にやってきた客は、何が何でも死守しなければならないのだった。
「コーヒーにしますか紅茶ですかお砂糖とミルクはいかがしましょう寒いですか暖房入れてるんですけどねえあ毛布お持ちしますから少々お待ち下さいねはいどうぞ僕ですか僕助手の夜神月と言います太陽と月の月と書いてライト変わってますよねこちらは所長ですがあまり気にしないで下さい」
 そこまで一息でまくし立てて、月は完璧な笑顔を浮かべた。客を退散させないためには思考停止に陥らせるに限る。もくろみ通り、ほこりを被ったソファに腰掛けた青年は、はあ、と曖昧に頷いた。
「それでどういったことでお困りなんですか、ええと、松田さん?」
 一度聞けば名前なんて死ぬまで忘れないのに、わざとらしく確認する。松田と名乗った青年は、デスクの上にスティックシュガーで城壁を築く所長よりも、こちらを話し相手と判断したのだろう、人の良さそうな顔で笑った。
「はあ、その、こちらのようなところに来るのは筋違いかもしれないんですが……」
 穏やかな無言で促す。安心したような松田の顔を見て、所長さえいなければここも僕が繁盛させて、駅前の一等地にだって引っ越せるのにと切実に思う。
「父の、」
 そこまで言って松田はもごもごと口を閉ざした。
「お父さまの、なんですか?」
 月が柔らかく訊ね返しても、逡巡の視線がさまようだけだ。10秒ほどの沈黙の後、もう一度促そうと口を開きかけた月に重なるようにして、松田は呟いた。
「父の幽霊が出るんです」
 これにはさすがの月もとっさに反応できなかった。そんな様子を見て松田は、「やっぱり、ばかげてますよね」と肩を落とす。
 フォローしようとした月の努力をぶちこわす一言が、スティックシュガーの向こうから放たれた。
「ここは魔法律事務所じゃないんですが」
 所長の竜崎は砂糖の山から顔を出して、つまらなそうに松田を睥睨している。松田は傷ついたように上半身を引くと、しかし一度堰を切った勢いで続けた。
「僕だってそりゃ最初は信じられなかったんです。でも鍵の閉まった父の部屋のものが勝手に動いてたり、何人もの家族や使用人が見てるんですから、幽霊じゃなくてもただごとじゃないのは確かなんですよ」
「使用人? 大きなお宅なんですか」
 ええ、と松田はためらいなく首肯した。
「長野のほうの、土地持ちなんです」
「長野……失礼ですが、どうしてまたそんな遠くからうちなんかに」
 純粋に怪訝に思って訊ねる。依頼は近隣のビルから、やれ家賃滞納者を追い出してくれ、夜逃げした事務所を追ってくれという、便利屋と勘違いしているようなものしか来ない竜崎探偵事務所だ。遠方からのご指名なんて天地がひっくり返ってもあり得ないと思っていた。
「警視庁の相沢ってご存じですか?」
 予想外の名前が飛び出してくる。思わず顔を歪めそうになって、月はぎりぎりのところで笑みの形に変えた。露骨に眼光を尖らせる竜崎に、松田の注意が行かないようにする。
「よく存じてます。有能な刑事さんでいらっしゃる」
 皮肉一歩手前の響きで賞賛を送る。
「僕の大学の先輩なんですけど、彼から以前に『優秀な探偵がいる』っていう話を聞きまして。記憶を頼りに電話帳で探してみたんです」
 相沢が? 呻く代わりに、月は確認した。
「そうですか? 相沢さんは何て」
「『優秀すぎて見かけるたびに絞め殺してやりたい』って」
 それは呪詛だろう。つっこみたいのを全力で押し殺す。もうこれ以上聞いても相沢との確執を深めるだけだと――もはや深める余地もないほど深いが――判断して、月は話を戻した。
「で、お父さまの幽霊について調査を承ればよろしいんですか?」
「ええ、はい、端的に言えばそういうこと……なんですけど」
 歯切れの悪い返答。またも口ごもってしまった松田を月が促す前に、抑揚のない声が場に割り込んできた。
「お父さまが残したはずの土地の権利書が見つからない。幽霊はそれを告げたいみたいだから、私たちに探してもらいたいと」
 松田はあんぐりと口を開き、月は大きく瞬いた。
 スティックシュガーを1本口の端にくわえる竜崎に、松田は目を輝かせた。
「すごい……どうしてわかったんですか?」
「勘です」
 勘かよ!! 見栄もプライドもなく即答する竜崎に心中で思い切り裏拳をかまして、月はにこやかに問い直した。
「そうなんですか」
「ええ。実は父というのは亡くなってまだ2週間しか経ってないんですけど。遺産を分けるために親戚が集まって、そのことにようやっと気付いたんです」
「弁護士の方は?」
「いくつかは預かってるらしいんですが、それじゃ全然足りないんです」
 月は持っていたボールペンの先を唇に当てた。是非受けたい。喉から手が出るほどこの依頼が受けたい。なんてったって金持ちだ。うまいこといけば本当に駅前に引っ越せるかもしれない。
 問題は、と月は視線を動かした。スティックシュガーを口先で上下させている竜崎は、今まで受けた依頼の3分の1は断ってきた人間だ。何がその判断基準なのか月にはよくわからない。単に気分なのかもというのが最有力の理由だった。
 が、
「夜神くん」
「何だよ」
「支度をして下さい」
「受けるのか!?」
 逆に驚いてしまった。松田がきょとんとしたのを見て、愛想笑いを浮かべる。
 長野くんだりまで遠出なんて、普段の所長からは考えられないことだ。住居にしている隣の部屋まで行くのも面倒くさがって、椅子の上で寝るような男なのに。
 竜崎はよっこいせと椅子から降り立つと、どこともしれない方向を睨みながら呟いた。
「相沢さんにアドバンテージを与えるわけにはいきません」
 あそういう話か。納得して、月は松田に契約書を差し出したのだった。



   ***

同僚探偵:ミサ(レイの依頼)、ニア&メロ(さちこの依頼)
松田の実家の家族:総一郎さん(叔父)・さちこ(叔母)・粧裕(いとこ)・美空ナオミ(姉)・レイ(入り婿)・高田様(姉2)・魅上(弟)
警察:相沢さん(銭形的/警視庁)模木さん・宇生田さん(地元警察)
弁護士:伊出さん
使用人:レスター(運転手)ジェバンニ(料理人)リドナー(メイド)出目川(庭師)

遺産を巡って巻き起こされる骨肉の争い! 屋敷を徘徊する父の亡霊とは? 連続して起こる密室殺人のトリックとは? そして遺産の在処とは?
「竜崎探偵の殴り書き事件簿」ポロリもあるよ!


助手が松田でライバル探偵が月でもいいかなーとはちょっと思った。




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