走り書き・3
 寝苦しさで目が覚めた。
 季節は秋、暑かったわけではない。だいたいビルの中は完璧な空調が効いている。ただ漠然と息が詰まるような苦しさを覚えて、松田は身を起こした。セミダブルのベッドは、最高級とはいかないまでもかなり良い品で、数ヶ月使ってきたがこんなことは一度もなかった。ベッドサイドの時計を見やると、緑色の光が午前2時半を示している。思わず苦笑が漏れた。
「草木も眠る丑三つ時だ」
 こんな最新設備の整ったビルの中で、丑三つ時も何もないのかもしれないが。それでも数日前までは死神のいた、今となっては濃厚な死臭の漂うこの建物内では、この時間も意味を持ちうる可能性はあった。
 だとしたら何が出るのだろう。死神か、幽霊か。死神は――外見こそ恐ろしげではあったものの――こちらには危害を加えてこなかったし、再見したからといってそこまで怯えることはなさそうだ。
 幽霊であるのなら。真っ暗な室内で、松田は独りごちた。
 幽霊でもいいから、あの尊大な物言いをもう一度聞かせてほしいと思ってしまうのだ。
 嘆息とも微苦笑ともつかない息を吐き、再び床につこうとする、そのときに。
 足下、つまりベッドの上にぼんやりと浮かび上がるものを見てしまい、松田は顎がはずれんばかりに口を開けた。はずれたかもしれない。どうでもいい。口がうまく動かなかった。
「り、り、り、」
「やっと気付きましたか」
「竜崎?!」
 尊大な物言い、不健康そうな面立ち、特徴的な黒瞳。それはどこからどう見ても、たとえ経帷子を左前に着て頭に三角の布をつけて身体が透けていようとも、世界の名探偵Lであり、彼らの捜査司令竜崎だった。
 足はない。確認して、血の気が引くのを感じる。口をぱくぱくと意味なく開閉させる松田に、正面に浮いているLは当然のように言ってきた。
「どう思います?」
「へ? ど、どうって……その格好似合いますよねとか?」
 率直な感想を述べる。Lは非常に嫌そうに半眼になった。
「似合うわけないです。それぐらいしか言うことないんですか幽霊ですよ私」
「そうですね」
 そう。どうしようもなく、それ以外に形容する言葉もなく、まったくもって完全なまでにLは幽霊だった。何も今時そんなレトロな衣装でなくても良いとは思う。
「あわてませんか」
「うーん、生きてたときも似たようなもんだったし……なんでまた幽霊になんか」
「幽霊になる理由なんて一つしかありません」
 と、そこでLは、わざとらしく胸の前に両手をそろえて見せた。世間一般の幽霊のポーズ。表情がいつもの無表情なのでまったく効果がない。
「怨みです」
「怨み」
 おうむがえしにうなずいて、松田は宙に視線を泳がせた。怨み。
「って、ええ?! 僕に?!」
「どうしてそうなりますか自過剰にもほどがあります」
「いやだってそれじゃどうして僕の枕元に立つんですか?」
 幽霊が枕元に立つ理由なんて、それこそ一つしかない気がする。
 Lは面倒くさそうにこめかみをかいた。
「いえ、怨みがあるのは夜神くんになんですが……ああそうです、やっぱり夜神くんがキラでしたよ」
「うえ?!! そうなんですか?! わかるもんなんですか」
「私が死んだとき凄い顔で笑っていました。悔しいですが今回は負けを認めます」
 なにやら自己完結気味に渋い顔をして、Lは再びこちらに視線を合わせてきた。幽霊であることを抜きにしても、そのプレッシャーに小さく顎を引く。松田の動きを無視してLは口を開いた。
「次は勝ちます」
「へ? 次って。どうするんですかもう死んじゃったのに」
「幸い幽霊になったのでまだチャンスはあります。もう夜神くんがキラであることははっきりしたので、あとは証拠を押さえて捕まえるだけですから。必要なのは」
 意味深に言葉を切られる。ああ嫌だなあとは思ったものの、松田は唾を飲み込んでこらえた。
 Lがきっぱりと告げる。
「私の指示を受けて、代わりにキラを追いつめる人間。つまり」
「僕ですか……」
 深々とした溜息と一緒に呻く。Lは、飲み込みが良いですね松田にしては上出来ですなどと勝手なことをのたまってくれた。片手で頭を抱える。
「って言ったってどうすればいいんですか? 僕は竜崎ほどできることが多くはないんですけど。だいたいいきなり僕が賢くなったら不自然じゃないですか」
「不自然でもなんでも、私がまだ生きているのではないかと疑心暗鬼に陥ってくれれば都合がいいんです。私は他の人には見えませんし、もう死んでいるのでノートの力は効きません。松田さんにもできる方法で追いつめますので大丈夫です」
 だめだ。がっくりと肩を落として松田は頭を振った。ここまで言い出したら、こっちがどんなに無理だと言っても聞いてくれるはずがない。頭痛を感じて眉間にしわを寄せる。
 が。
 嬉しくないわけがない。のだ。
「わかりました……やればいいんですよね」
「お願いします」
 こうして――彼と幽霊の奇妙な生活は幕を開けたのだった。



第1部終了時にやった大胆予想のうちの一つ、「幽霊探偵L〜憑依合体です松田さん〜」どうしようもないです。




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